天草の端っこで開業しています。夕方6時も過ぎると人通りもありません。
言葉を交わせるのは、わずかに妻と柴犬のモモちゃんだけとなります。従って、むしょうに都会が恋しくなることがあります。当番医にあたっていない週末のわずかな時間に何とか手の届く都会は、むろん「福岡」です。研修医時代を過ごしたおかげで、なんとなく土地勘が働く身近な大都会です。
天草から福岡へ出る交通手段は、①飛行機、②自動車+新幹線、③自動車と3つのルートがあります。もっともよく利用するのは、アルコールさえ飲まなければ帰りの時間を気にする必要のない③自動車です。天草を出発し、iTunesで仕入れた好きな音楽を聴きながらの楽しいドライブ。あっというまの3時間で博多のど真ん中へ到着です。
最近もっともよく行くところは阪急百貨店のある博多駅界隈ですが、洗練された都会をより感じるのは、ホテルオークラの周辺です。博多リバレインの地下2階に、エノテカというワインショップがあります。テイスティングコーナーが設けられています。そこで、ワインのテイスティングをすることが、自分の至福の時間となっていました。
昨年11月のある休日、同所を訪れました。その時のテイスティングは、4つの赤ワインのちどれがボルドー産か?というクイズ形式のものでした。俄然、挑戦してみようと思いました。ちょうどその頃、「天草産のワインを創る」というテーマで、天草市主催の第二回天草宝島起業塾に参加していたこともあり、ワイン用ブドウ品種の本を少々勉強していたからです。漫画「神の滴」も読んでいました。
4つのワイングラスに、それぞれデキャンタボトルに入れられた赤ワインが少しずつ注意深く注がれました。そのうち1つは、明らかに赤の色が薄く、ブドウ品種はピノ・ノワールであることが歴然としており、すぐにボルドーではないと除外できました(ピノ・ノワールはフランス ブルゴーニュ地方を代表するブドウ品種です)。さて、残る3つはほぼ同じ色の濃い赤色であり、後は香りと味で判別するしかありません。
ところで、妻の父は「酒とバラの日々」の題名を地で行くような人物で、アルコールは赤ワインしか飲まないし、もう1つの趣味はバラの栽培ときています。義父からは、かれこれ10年前より一緒に飲むたびにワインのことについていろいろその薀蓄を聞かされてきました。当時はあまり興味もなく馬耳東風で聞き流し、なんとなく耳に残ってはいたものの、知識としてはあまり蓄積されていません。ただ、元来アルコール全般が好きなだけにいろんなワインを喜んで飲んでおりました。
ソムリエの女性に、ヒントとして、ボルドー以外の産地を教えてと頼みますと、1つはフランスのローヌ地方、もう1つはイタリアとのことです。フランス ローヌ地方なら品種はシラー、イタリアなら代表的品種はサンジョベーゼとなります。その残りの3つのワインを嗅ぎ較べてみましたが、やはりわかりません。その時すでに妻は、全くわからないとリタイアしていました。
飲んでみますと、3つともそれぞれに香り高く味わい深いものがありました。
中に1つだけ、エレガントな華やかさの中にも独特の芯の強さを併せ持つものがありました。その味わいにカベルネ・ソーヴィニヨンを感じました。めったに口にできないボルドーの5大シャトーと相通ずるものを心のどこかで感じていました。
迷わずそれを、ボルドー産ワインです!と宣言しました。ソムリエの女性は、満面に笑みを浮かべ、「あたりです。この企画で初めての合格者です。」と褒めたたえてくれました。特には用意されていなかったのに、ワインオープナーをお祝いの賞品として頂きました。私にとっての、都会の「輝き」を手にした瞬間でした。
掲載情報
掲載誌 | 天草医報 |
---|---|
掲載号 | 2014年5月号 |
発行ナンバー |