中洲徘徊録

藤沢周平原作のNHKドラマ「清左衛門残日録」では, 冒頭に, 「日, 残りて昏るるにいまだ遠し」とのナレーションが流れます。私も還暦間近となりもう少し落ち着いて良いはずのものなのですが, 昏るるにいまだ遠しの状態です。

ところで, 自分には走光性があるようです。ずっと天草に居住していると, あまりの刺激のなさに, 欲求不満というストレスがたまり, 時にはじけたくなります。色情亢進症なのでしょうか。本渡のスナックでカラオケを唄うとき必ず選ぶ曲は「恋人も濡れる街角」です。桑田佳祐作詞作曲で, 中村雅俊が歌った名曲です。歌詞のラストに「愛~だけが俺を迷わせる。恋人も濡れる街角~」とあります。この部分を歌う時, いつも感情が高まります。恋人も濡れる街角をさ迷い歩きたくなってしまいます。一時の疑似恋愛でもいい, 少々の金で済むことなら, ネオンのチカチカする所を, 徘徊したいと切に思います。

しかし, なかなかチャンスは巡ってきません。諦めて, 本渡のスナックか近くの温泉めぐりをすることぐらいしかできないでいました。今年9月のことです。連休に福岡の講演会への出席に恵まれました。土曜夕方の講演会に出席, その後の懇親会にも出席し, 足取り軽くなるように, あまり食べ過ぎず, アルコールは多めに摂取。だんだん抑制が取れてきたところで, 中洲へ繰り出すことにしました。ただ, 妻がついてきていたのが, 足かせです。この対策として, ホテルルームサービスの90分18000円也の高級オイルマッサージを奮発。しかも自分が遅くまで遊べるようにマッサージのスタートを午後10時に予約しました。これで, 後顧の憂いなく, 中洲の徘徊ができるというものです。一人では心もとなかったため, 友人A君と一緒に遊ぶことにしました。目指すは, 今まで行った事のない「熟女キャバクラ」です。(女の子が若すぎると疑似恋愛になりにくい。)

ホテルオークラのロビーで待ち合わせしました。A君はまだ来ていません。携帯を鳴らすと, 糸電話しているかのように向かい合わせにいるA君を発見。スマホで, 「中洲, 熟キャバ」のkeywordで検索します。3-4軒の所在を確認。徒歩で向かいました。明治通りを渡り, 中洲中央通りを南下します。中洲交番前を右折, ロマン通りに入ります。スマホで探したビルの階段を4-5段登り, エレベーターホール前へ到着しました。店のある5階のボタンを押しました。しかし, ボタンを何度押しても反応がありません。近くにいた日サロ焼けしたホスト風兄ちゃんが, 今夜はそのビル全体がお休みであることを教えてくれました。それではと次の店へと向かいます。人形町通りに出て春吉橋方面へ。那珂川通りへ達する前に左折。新橋通りへ入ります。ローソン裏のビルへ。なんと, そこもまた消えたネオンが休みを告げていました。ここでひるむわけにはいきません。人形町通りへ引き返し, 今度は北上します。通りの突き当たったところに中洲案内所がありました。中をのぞくと, 若い男性が二人所在無さげに立っています。中に入りました。すぐに1人の男性が, お店をお探しですか?と丁寧に聞いてきます。とても誠実そうです。私は, 中洲案内所は福岡市の運営であり, この2人の男性は福岡市の職員に違いないと思いました。「どんなお店をお探しですか?」と聞かれたため, 少々恥ずかしかったのですが, 「今日やってる熟女キャバクラありますか?」と正直に告白しました。案内所の若い誠実そうな男性は, 直ちにどこかへ電話しています。しばらくやり取りしておられてから, 私の方を向き, 「1軒だけ, 1席だけ開いているそうです。ご案内しましょうか?」と聞かれたため, すぐにお願いしました。私とA君は, その案内所の男性に導かれ, 再び中洲中央通りを南下。アルコールを多めに摂っていたこと, 運動着ではなく慣れないジャケットを着ていたこと, 先ほどより中洲を右往左往30分程歩いたことなどのためか, 次第に足取りが重くなり, 案内所の男性に遅れを取るようになり, ビルの前に所々立っている呼び込みと思われる女性のほうへ行ってしまいたくもなりました。案内所の男性もやや不安そうに, 私たちがちゃんとついてきているかを確かめるように後ろを振り向きます。国体道路に出る直前のビルへたどり着きました。案内所の男性が, エレベーターボタンを押すと, ボタンが橙色に光り, ちゃんと動いていることを教えてくれます。畳半畳ほどの狭いエレベーターに, 私たちも含め5人が乗り込みました。7階でドアから出ます。そこには, ちゃんと光っている店の看板がありました。

案内所の男性も一緒に, 3人で店へ入ります。案内所の男性は店の男性と何やら話した後, 「それではお客さん, 楽しんでくださいね」と笑顔で別れを告げました。店は, 1番手前の1席を除き全て満席です。私たちと同年代の熟年男性達が, きらびやかなドレスを着たホステスに囲まれ賑やかでした。ついに私も, 恋人も濡れる街角に到着です。一気にテンションが上がります。コの字型のボックス席に向かい合う形で, A君と座りました。私の横には, 名刺を差し出しながら, 43歳の浅野ゆうこちゃんが座りました。A君の横には, 50歳の愛原こころちゃんが座ります。私たちは, 上等そうなボトルに入ったウイスキー水割り, 女性は何か色のきれいなカクテルを注文していました。初めて来たことや, 天草から来たことなど, どうでも良いような話をしばらくし, 本題に入る前に, 女性が一人ずつ入れ替わります。私の横には, 42歳の瑞木そらちゃん, A君の横には, 46歳の桜木あみちゃん。またそれぞれ何かきれいなカクテルを頼んでいました。そんなこんなで, 期待した, もう少しエロい話にはならず, 何の誘惑もなく, こちら側からの得意のバカ話砲も不発に終わり, あまりそっちの方には盛り上がらないまま, 約1時間が経過。これ以上の進展は期待できないと判断, 席を立つことにしました。計算してもらうと, 代金16000円。それ程, ぼられた感もなく, 天草のスナックよりは高く, 中洲のキャバクラにしては良心的な感もあり, 何か中途半端な値段でした。店を出て, あと一軒どっか行こうかとも思いましたが, 時計を見て諦め, タクシーに乗り, 妻の待つホテルへ帰ることにしました。

タクシーの中で運転手さんと話すうち, 「今日は祝日の土曜日ですけん, 中洲で飲みよらすとは, 地方からのおのぼりさんばっかりですたい。中洲のいつもの店は, 休んどりますもんね~」との事実が判明。何かしら虚しさがこみ上げてくる今夜の中洲徘徊となりました。

掲載情報

掲載誌天草医報
掲載号2018年1月号
発行ナンバー134
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