「受胎告知」について考えたこと

「受胎ジュタイ告知コクチ」という言葉、どれくらいの人がその意味を知っているだろうか。私の周囲の人たちのうち、一割程度はご存知だった。私自身、一年前までは知らない言葉だった。一般的には、産科クリニックで「おめでた」の診断をされることを云うのかもしれない。ネットで検索すると、新約聖書に書かれているエピソードの一つであるとでてくる。  

聖母マリアの処女懐胎を、大天使ガブリエルが、マリアに神のお告げとして伝えるシーンのことで、「無原罪の御宿り」ともいわれる。無原罪の「原罪」とは、端的に云えば、セックスのことであるかもしれない。

 イエス・キリストが、いかにして誕生したのかという世界最大の謎は、2000年前から今に至るまで、さまざまな芸術や文学のテーマとなってきた。宇宙は、いかにして誕生したのかという疑問に匹敵するのかもしれない。最近の映画では、ダン・ブラウン原作、トム​・​ハンクス主演、「ダ・ヴィンチ・コード」が、イエス・キリストには、血を分けた兄弟や子がいたのかという問題を包含させることで、このことに触れている。

 約五百年前の、16世紀の初めから始まった、マルティン・ルターの宗教改革にも、その争点には、マリアに対する考え方が含まれていた。カトリックでは、マリアを神の母である現人神として捉えるのに対して、プロテスタントでは、あくまでも生の人間として扱うのである。ローマの中にある世界最小の面積である国家、バチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂の建て替え中であったローマ・カトリック教会は、その集金システムに危機を及ぼす可能性があるとして宗教改革の動きに慌てたに違いない。ローマ・カトリック教会の修道会であるイエズス会は、当時の羅針盤の発明や天文学、海図製作の発達により、長い航海が可能となった大型帆船を使って、その版図を拡げようと、遠くは日本の長崎や天草へも布教に来た。

 ところで、私が「受胎告知」に、興味を持ったのには、3つの原因がある。

 一つは、昨年秋、作家三浦綾子・原作の「氷点」を読んだこと。自分を省みて、人間の原罪というものについて考えさせられた。二つ目は、今年2月、サイクリング旅の途中の天草ロザリオ館で「お告げの絵」と呼ばれる絵を観たこと。三つ目は、今年4月から、本渡カトリック聖心幼稚園の園医となったこと。赴任されてきた園長は、私が小学校の頃から中学まで稽古に通った本渡の剣道場「天武館」の憧れの先輩だった。聖心幼稚園の園長になられる前は、京都のノートルダム女学院で宗教科を教えておられた。

 「受胎告知」と、検索すると、ルネッサンスの頃の絵画が数多く出てくる。有名なものでは「レオナルド・ダ・ヴィンチ」や「ボッティチェリ」、「フェルメール」などがある。14世紀末のルネサンス初期のイタリア人画家、「フラ・アンジュリコ」の「受胎告知」の絵が気に入り、その「ポスター+フレーム」をAmazonで購入した。8800円だった。自宅の居間に飾ってみた。

 医学的にではなくても、通常の社会常識として考えてみても、女性が処女のまま妊娠するということは、考えられないことである。

 イスラエル北部ガリラヤ地方ナザレに住むヨセフとマリアは、紀元前8年頃に婚約していた。来年、晴れて一緒に所帯を持つ約束となっていた。二人とも、敬虔なユダヤ教徒だった。当時の古代ユダヤ教においては、性的快楽にふけることや、不義姦通は固く禁じられていた。男児の割礼の儀式も、このことと関係があるとする説もある。そういう性的不義に厳格な古代ユダヤ社会で、突然、婚前にマリアが妊娠してしまったのである。マリアから妊娠を告げられた、夫となるヨセフは苦しんだ。マリアと自分の新たな生活のために用意していた家をうち壊した。このことを公にすればマリアは死罪になるかもしれなかった。「マタイによる福音書」によると、その後マリアが死罪にならないように、密かにマリアと縁を切ろうとしたヨセフのもとにも、主の使いによる受胎告知があった。ヨセフは、悩み抜いた末に一大決心をして、マリアと結婚をしたとある。当時は、当然なことにまだキリスト教は成立していない。しかも不貞は、重大な罪だったのである。生まれてきたイエスは、不貞の結果出来たこどもとして、社会から疎外されたと考えるのが自然ではなかろうか。それを避けようと、一旦ヨセフ、マリアの一家は、エジプトへ避難したのかも知れない。約3年ほど、エジプトに隠れ住んだ。

 いずれにしても、ヨセフ、マリア夫婦は、一緒に多いに苦しんだに違いない。生まれたイエスが、本当に聖霊の子である証拠もなければ、その証明も出来なかったのだか

ら。一方でイエス・キリストは、少年期から青年期にかけて、自分の出自を呪ったのではないか。同世代の少年達からも疎んじられてもいたのではないか。悩み苦しんだイエスは、とうとう家を出奔してしまった。

米国の神話学者ジョゼフ・キャンベルは、その著書「千の顔を持つ英雄」の中で、英雄の成立には、必ず一定の法則があると述べている。その法則とは、①絶望 ②旅立ち ③冒険と試練 ④賢者との出会い ⑤悪魔からの誘惑とそれに対する拒絶 ⑥「力」の獲得 ⑦帰還 ⑧力の還元・流布 のコースで辿る運命のことである。

その法則に則って英雄となった人々には、古くは、仏教開祖の釈迦、ギリシャの叙事詩人ホメロスが書き記したオデッセウス、真言密教の開祖である弘法大師空海、ヨーロッパを制したといわれる「王様と剣」の話で有名な伝説のアーサー王、イスラム教の創始者で、わずか6歳で孤児となったムハンマド、近いところでは、映画スターウォーズのジェダイ、ルーク・スカイウォーカーや漫画鬼滅の刃の主人公、炭次郎などがいる。その中でも、イエス・キリストは、十字架に磔刑にされ、一旦死後、3日目に復活を遂げて、見事、キリスト教の主となったのである。最も抜きん出た英雄の中の英雄だったといえるのではないだろうか。

ある時、そういった話を、サイクリング仲間の先輩医師と、ワインを片手に喋っていた。彼の幼稚園は、カトリック系だったらしい。洗礼は受けていないとのこと。彼は今喋ったようなことを書けば、熱烈なカトリック信者から、殺されるかもしれんよと注告してくれた。だが、その心配には及ぶまい。イエス・キリストが、旅という修行の果てに得た、『力』 とは、「寛容」というものだったに違いないのだから。

天草医報2022年1月号へ掲載予定 2021年12月20日校了

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