十万山の四季 XV ~勝手にトレイン~

 4月最初の週末だった。天草エアラインのPM3:45発福岡行きを予約していた。空港には 3時過ぎに着けばいいなと考え、2時から1時間、近くの温泉に行く予定としていた。昼食 後しばらくソファーでうたた寝をした。温泉に行こうかと起き、携帯を見ると、天草エアラインよりメッセージあり。運航調整中、欠航の可能性ありとのことだった。慌てて飛び起き、車で出発した。どうしても、昨年オープンしたばかりのリッツ・カールトン福岡の 18Fバーに、夕方のまだ明るい時間に辿り着きたかったからである。高速道路は通行車両が多く、混んではいたものの渋滞なく、無事5時過ぎには、博多に到着した。

 リッツ・カールトン福岡の18Fバー(『The Bar』という名前である)で、好きなウイスキー水割りを、眼下に見える福岡城公園の満開の桜とともに楽しんだ。バーのあとは、中洲のクラブを訪問したことは云うまでもない。

 翌朝は、8時頃に起きた。起きた時、自分がどこに居るのか判らない程に熟睡していた。レンジで温めるごはんを、フリーズドライの味噌汁で流し込んで朝食とした。しばらくすると血糖値が上がってきたのか、今日の計画を積極的、前向きに考えられるような気分となった。そうだ、久しぶりに、ロードバイクでの志賀島一周の旅に出ようと思いたった。博多区下呉服町にある自宅マンションから、海の中道を通り、志賀島一周をして戻ってくる。約60kmのサイクリングだ。休憩を入れても、約3時間ほどで帰ってこれる。ブリヂストンのカーボンロードバイクをエレベーターに入れ、1Fへ降りた。御笠川方面へ向けペダルをこぎだした。午前9時過ぎだった。国道3号線沿いの舗道を北九州方面へ向け、 ゆっくりと慎重に進んだ。流石に、福岡都心部の国道は通行する車両が多いからだ。 筥崎宮を過ぎたあたりの交差点を左折。東区の照葉方面へと進んでいく。高層タワーマ ンションがいくつも重なって見える。海の中道大橋を越え大きく左方向へ向きを変え、マリンワールド方向へ。
 片側2車線の道路は広く、またそれと同じくらいの幅の舗道が、真っ直ぐに続いてい る。人も歩いていない舗道は、塗装も滑らかでロードバイクでも走りやすそうだ。ロード バイクの横を通り過ぎていく車にも心配をかけずに済む。
 車道と歩道の間に段差のない部分から、歩道へと上がった。風は、わずかに向かい風だったが、ロードバイクの時速はいつもの27km/hだった。
 しばらくそのまま走っていると、右後方より、「シャッシャッシャッ」という音がしてきたかと思うと、歩道のすぐ右横の車道を、かなりの速度でロードバイクが、私を追い抜いていく。一台かと思ったらその後にも続々と、都合6台のロードバイクが、わずかな間隔でつながるように走って行く。6台のロードバイクが、歩道を走る私を抜き去った頃、 丁度、歩道と車道の段差の無い部分が現われた。そのまま車道へと降り、6台の連なる ロードバイクの一番後ろに付いてみた。すると、今までの向かい風が急に消えた。ペダルを踏む脚も軽くなった。スピードメーターを見ると、さっきまで27km/hだったのが、35km /hへと上がってゆく。これがあのドラフティングというものか、初めての経験だ。
 今まで、扇風機の風を浴びていたのが、逆に扇風機の後ろ側に廻り込んだ感じだった。 前の6台のロードバイクに、吸い寄せられるように走れる。
 しばらく、繋がったまま走っていた。先頭のロードバイクの方が、右手を斜め下に出し、地面を指差した。すると、後続の5台が全て、2車線ある車道の真ん中へ移動した。私もつられて、そのまま移動した。すると、その直後から左の車線は渋滞が始まった。あのまま、左車線を走っていれば、歩道と車道の間の段差に挟まれ、身動きがとれない状態になるところだった。渋滞は、マリンワールド海の中道の、広大な駐車場へと向かっていた のだ。その後くらいからだったろう。6台のロードバイクの最後尾のサイクリストが、こちらを振り返ることが頻繁になった。こちらを気にしておられるのがわかった。でも、そのペダルの軽さに惹かれて、そのままもうしばらく付いて行った。

 両側を海に挟まれた、片側一車線のあたりの直線まで来た。道路の左手は博多湾。右手は、玄界灘だ。前を行く6台のロードバイクが、急にスピードを上げた。少しずつ離されると思ったら、急に向かい風となり、自分のロードバイクのペダルが重くなった。スピー ドメーターの数字は、25km/hへと落ちて行った。前を行く6台のロードバイクは、みるみるうちに遠ざかって行った。
 その後は、自分のペースで、無事に志賀島を1周し、自宅に帰り着く直前、ふと思い付き、3号線沿いにあったはま寿司での昼食とした。初めて行ったはま寿司で、一番美味しかったのは、握り寿司より豚骨ラーメンだった。一瞬で完食となった。 後日、調べてみた。あの狭い間隔でロードバイクが繋がって走ると、何が起きるのかを。その危険性についても認識した。トレインと云うのだ。ご迷惑をおかけしたと、反省もした。そういえば、あの6台のロードバイクの最後尾に付いた時、自分のロードバイクが連結されたような気がした。汽車の車両のように。

掲載情報

掲載誌天草医報
掲載号2024年7月号
発行ナンバー153
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