「やさしいお風呂の入り方」

温泉が好きだ。

週に3~4回は、自宅近くのホテルアレグリア「ぺルラの湯舟」、月に2~3回は、牛深の「やすらぎの湯」、月に1~2回は、天草町の下田「白鷺館」へ通っている。温泉に行けない日には仕方なく自宅の風呂に入る。狭いせいか、15〜20分程度のカラスの行水となってしまう。疲れている時にはひげ剃りもせずに出てしまうことも。

このところの諸物価高騰のせいもあり、天草の温泉施設もここ数年で少しずつ値段が上がってきた。ぺルラの湯舟は800円。白鷺館は700円。やすらぎの湯は600円だ。今後も上がりこそすれ値段の下がることはないのであろう。いきおい、入浴するのにも気合が入ってしまう。頭の中のどこかで払った分は取り返そうと考えてしまうのだ。

気合が入ると、血圧も上がる。心拍数も上昇する。瞳孔は散大する。消化管は活動を止め呼吸数も増える。交感神経系の緊張だ。これでは、ゆっくり風呂に入る意味はない。温泉はリラックスするために入るのだ。気合を入れて入ってはいけないのだ。

ではどのようにして入ればいいのかを、ゆっくりと解説しよう。

まず、心構えが肝心だ。とりあえず「カラスの行水」の心構えとする。10分程度で出るつもりで暖簾のゲートをくぐる。サウナ風呂はハードルが高いので敬遠する。

低い温度のシャワー浴で全身を流したあとは、とりあえずすぐに出るつもりで湯船に浸かることだ。出来ればやや温度の低い露天風呂がおすすめだ。2〜3分くらい頚まで浸かったあとは腰湯とする。さらに、2〜3分の腰湯をしたあとは足湯とする。この頃になると温もった身体には、夏の時期でも涼しい風を感じることができる。

空を眺めて、雲がその形を少しずつ微妙に変えながら遠ざかっていくのを追う。鳥の鳴き声に耳を傾ける。岩の上を這う蟻の動きを見る。木々の間を風が通り抜けていく音を聴く。

そうこうしているうちに、ふと時計を見上げるとあっという間に、20〜30分が経過している。露天風呂に飽きると一旦そこを出て内風呂だ。ここでの注意点は、内風呂に入る前に思い切って水風呂に浸かってみることだ。最初は水風呂の中に立つだけでも良い。肢が水の温度に慣れれば腰まで浸かる。腰が慣れればいっそ肩まで浸かってしまってもいい。一度目の水風呂は20〜30秒くらいで出るのが肝心だ。長く入っては再び身体が冷えてしまうのだ。水風呂を出たらそのまま内風呂へ向かう。内風呂には最初から頚まで浸かっていい。お湯に慣れてくるにつれ、だんだん、お湯に浸かっていることそのものが意識から遠ざかってゆく。自分の居る場所についても認識が薄れていく。無我の境地、忘我状態となっていく。心理学では「フロー」と呼ばれ、集中力が最高に高まっている状態だろう。スポーツや武術では、「ゾーンに入る」とも表現される。おそらく、脳内のドーパミン分泌が活発化しているのであろう。

世間での日常のこと、仕事の憂さ、いろんな人間関係での煩わしさ、明日の支払い、などなどは次から次へと頭の中から消えていく。

その後洗い場に行き、身体をこすったあとからが本番だ。

身体の動くままに任せる。混浴でもないし他人様を見ることもない。自分の感じるままに、内風呂、水風呂、露天風呂 を縦横無尽に廻るのだ。既に意識は底なし沼にはまったようだ。しかも、とても心地良い沼なのだ。どんどん深みにはまっていく。もう抜け出せない。

沼の中からふと見上げた時計がぼんやり目に入ると、いつのまにやら1時間半から2時間くらいが経過しているのに気付く。すでに交感神経系の緊張は完全に切れているのか、しかたなくぐったりしながら風呂場を出て脱衣所へと向かう。

もっと年を取ったら、ヒートショックになるのかもしれない。

掲載情報

掲載誌天草医報
掲載号2025年7月号
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