「バグるとは、コンピューターなどの電子機器やソフトウェアが誤作動したり、利用者が意図しない奇妙な挙動を示すこと。人や組織の矛盾した振る舞いなどにも比喩的に用いられることがある。」
今年の梅雨入りは、6月の第一週となった。ずっと雨が降り続いたあと、これを書いている6月第3週は、既に梅雨明けしたかのような晴天となっている。
TVのニュースでは、さかんに熱中症警戒アラートを発動している。この2~3週間の期間、毎年のことではあるが、説明や診断の難しい訴えの人々(こどもから高齢者に至るまで)が私の外来を多数訪れた。主な訴えは、倦怠感、頭痛、吐気、眩暈、抑うつ気分などである。
私自身も今までの人生で経験したことのないような、上に記した様な症状に見舞われた。最も感じたのは、抑うつ気分だ。外来で診察していて、患者さんに共感し、更には自分の方がより症状が重いかもと、患者さんに訴えかけてしまうこともある。とにかく気分も落ち込み外来診察室へ出ることさえハードルが高いのだ。
自己診断で初老期うつ病またはアルコール依存症の初期症状。はたまた、トランプ関税で株価が暴落したための反応性うつ病などと、自分勝手にその原因の落とし処としていた。しかし6月には、日経平均株価も値を戻していたし、天気さえ良ければ、十万山の紫陽花を見にマウンテンバイクで登頂する。牛深一周50kmのロードバイク旅にも毎週のように通っていた。うつや身体的疾患ではなさそうだ。
梅雨入り症候群でググってみると、「気象病」という文言がヒットした。「気圧の変化」「高湿度」「気温差」などが絡んで起きる症候群であるらしい。自律神経系がいわゆる「バグる」のだ。
そう考えていて、ひとつ気になったのは、毎年のように梅雨の頃などの、季節が大きく変化する頃におきる落雷事故だ。
今年4月には、奈良市でサッカー部の中高生6名が救急搬送された。昨年4月には、宮崎市のグランドに落雷があり、熊本県内の高校サッカー部員18名が、救急搬送されている。いずれの事故も、気象庁からの雷注意報は出ていたものの、落雷や雷鳴はその時起きていなかったとニュースは告げる。学校側の責任も含め、難しい裁判が続いているようだ。この時期、ゴルフをする人々にも落雷の恐怖があることだろう。
最近、話題となっている本「ストレス脳」を読んでいた。スウェーデンの精神科医「アンデシュ・ハンセン」が書いたものだ。
その本によると、現代の人間の脳は、10万年前のサバンナで狩猟民族として、あちらこちらの土地を転々としていた頃の人類から全く変化していないというのだ。生存のため狩猟をしていた彼らは、草原で「カサッ」と音がするだけでライオンや毒蛇などにおびえ、「闘争か逃走」のモードに瞬間的に入っていたらしい。そのことができた人間だけが、生き残っていったらしいのだ。
今現在、この世に存在している人間は皆、その生存競争を勝ち抜いてきた人間の遺伝子を持つ。
雷が落ちる前には、天候の微妙な変動があり、抑うつ気分や倦怠感、吐き気などを感じるのは自らの身体で知っていることだ。つまり、最も有効な落雷を避ける方法は「バグる」ということではないのか。「バグる」と家に引きこもりたくなるのだから。したがって、バグるのは、人間に備わった危機を避けるための、ある意味正常な反応だとも言える。
ところで、バグった電子機器は、コンセントを引き抜いて入れ直せば元に戻る。人間のバグった自律神経系では、命の電源を一旦抜くことはできない。電源を入れ直すことに最も近いことのひとつは、リラックス系を作動させることだと思える。たとえば温泉にゆっくりと浸かったりして交感神経系の緊張を出来る限りオフにするのが、最良の方法だと思えるのだ。
そう云えば、ウチの柴犬モモちゃんも、天気の悪くなる日には、玄関から引っぱり出そうとしても前肢を突っ張って決して外へ出ようとはしない。
掲載情報
掲載誌 | 天草医報 |
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掲載号 | 2025年7月号 |
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