人間万事塞翁が馬 Written by Eiichi Nakamura

「雪の石庭」

天草医報

ドライブを楽しんでいると,何とも言えず心に残る風景に出会うことがあります。三角半島の道の駅「不知火」付近から東に見える九州中央山地の山並みもその一つです。屏風の様に幾重にも折り重なった山々は,夕日を受けて輝くと,時間と場所を超えてどこか遠くへ誘ってくれているようです。いつかこの景色を自ら描いてみたいと思わせる魅力的な風景です。この風景は,東山魁夷という画家の代表的な作品の一つ「残照」を思い出させます。そのためか,東山魁夷の絵画には何となく惹かれてきました。今では,数点のリトグラフ作品を持っています。
その中に「雪の石庭」という作品があります。龍安寺の石庭にしんしんと雪が降り積もっていく様が描かれたものです。数年間自宅でこの作品に親しんでいるうち,雪景色となった龍安寺石庭を訪れることが,いつしか私たち夫婦の目標となっていました。もしその場面に出会えたら,どんなに寒くても数時間はそこに静かに座って過ごそうねと話し合ってきました。
正月三が日のうち2日間,私たちはそれぞれの診療所で天草市小児科当番医を務めましたので,次の週末の連休が今年初めて夫婦一緒に過ごせる休日でした。正月明けからNHKの天気予報を仔細に検討して寒波のくるタイミングを測っていました。ちょうどよいことに連休の期間,京都地方は大雪と予想されました。運命の女神が微笑んでくれることを期待して,夫婦で出かけることにしました。
午前10時過ぎの博多発の新幹線で京都へ向かいました。新大阪駅で途中下車して,好物のねぎ焼きを昼食としました。再び新幹線に乗り,目当ての龍安寺に着いたときには午後3時を過ぎていました。ただ,残念なことに,そこに雪はありません。大寒波の襲来は1日ずれてしまったようなのです。それでも,あこがれの対象であった龍安寺石庭に着いたことで,幾ばくかの達成感を覚えました。寺の奥のほうの広縁に夫婦並んで座りました。私が寒さに震えていると,妻がリュックサックの中からいつも持ち歩いている膝掛毛布を取り出して,二人の膝に均等に掛けてくれました。小さな毛布の両端はスカスカでしたが,ちょっぴり暖かくなりました。どちらから眺めても15個全ての石を同時に見ることはできないといわれるその不思議な石庭で,しばらく陶然としていました。
やがて閉館の時間になりました。もうすでに周囲は薄暗くなっています。タクシーを探しましたが,車はほとんど通りません。思い出したように乗車済みのタクシーが無情に通り過ぎるばかりです。そこで,やむを得ずバスで市街地に戻ることにしました。表通りに出ても周囲は寒々しく殺風景で心細く感じられました。停留所でしばらく待っていると,車内の明かりも暗く客もまばらなバスが停まりました。行く先は,確かに四条河原町です。本当に中心街まで運んでくれるのだろうかと不安を抱きつつ,おそるおそる乗車しました。ところがその後,バス停で止まるたびに少しずつ乗客数も増え,次第に蒸し暑いような気配が漂ってきました。ふと顔を挙げると,車内は都会的なギャルで満員となっています。一安心です。行く先は間違っていませんでした。
気ままな小旅行です。もとより,どこで降りるか特に決めていたわけではありませんので,沢山の人が降りた所でつられてバスを降りました。四条大橋の手前の賀茂川沿いのバス停でした。夕食をとることにして,人波に押されるようにして四条大橋を渡ると,先斗町に出て北へ歩きました。店先に並んだメニューを見ながらいろいろと迷ったあげく,入ったのは「ぽん太」という頼りない名前の小料理屋。調理場をL字型に囲んだカウンターの店でした。先客は一組のカップルだけで,再び心細い気持ちになりました。しかし,先付として出された湯葉を一口食べた瞬間,本当に京都に来ていたのだなあと実感できました。私は焼酎,妻は京都の地酒(俳優の佐々木蔵之介の生家「佐々木酒造」製とのこと)をいただき,身も心も温もってきた頃には,カウンター席もいっぱいとなっていました。
翌日の午後,新幹線で京都を後にしました。ホームには1日遅れの雪が舞い降りていました。何か少しずつずれていて,寂しくなったり暖かくなったり,一喜一憂のふたり旅でした。