人間万事塞翁が馬 Written by Eiichi Nakamura

8.31防災訓練に参加して

天草医報

さる8月末の日曜日,大矢崎緑地公園にて熊本県天草市総合防災訓練が催され,天草郡市医師会の1員として参加しました。
 「南海トラフにてM9.0の地震が発生,天草市で最大震度5強を観測,天草市沿岸に津波警報が発表された」という想定の下,午前9時から全体の訓練が始まりました。医療救護訓練は午前10時10分開始予定で,私たち医師と看護師の医療救護班は,それまで待機です。
医療救護所として,それぞれ,軽症用,中等症用,重症用の3つの大型テントが設置されていました。その前方の広場が,1次トリアージエリアとなります。横には,歯科医師会の先生方がおられる検視所,薬剤師会の先生方が担当する薬品部のテントがありました。また,後方には,二次搬送待機所とされた大型テントもありました。
医療救護班は,医師1名と数名の看護師をあわせて1ユニットとし,4名の医師がチームを組みます。私は,天草慈恵病院の永野先生,天草市立牛深病院の大塚先生,自衛隊熊本病院医師と共に,中等症エリアを担当することになりました。中等症エリアでの主な任務は, 2次トリアージと医療的処置です。
訓練開始前に参加者全員に対してトリアージの方法についての説明がありました。「START法については知っていますね」と確認がありました。私は知らなかったため,挙手して「知りません」と返事をしました。START法について簡略に図解されたA4の紙片を手渡され,「この紙を患者の身体の下に挟み込んで,紙をみながらトリアージをしてください」と指導を受けました。日赤DMATや自衛隊医療班の方達は,このSTART法の紙を縮小コピーして身分証明のネームプレート裏に貼付し,常に照らし合わせながらトリアージ活動をされているとのことでした。
その後訓練開始まで,私たちは各々の持ち場のテントで待機です。その間,3階建てのビルを模したやぐらの上で救助を待つ人をヘリコプターがロープ伝いに救出する訓練や,救難救助犬が倒壊家屋の中に閉じ込められた人を探し回る訓練が行われました。ヘリコプターが巻き起こすダウンウォッシュといわれる吹き下しの風により舞い上がった砂塵を浴びたり,救助犬がけたたましく吠えまわる姿を見たりしているうちに,次第に,気持ちが引締まり,緊張の度合いも高まってきました。
午前10時10分になりました。各地の消防隊や病院から集められたと思われる十数台の救急車が,一斉に赤色灯を回転させ,サイレンを鳴らし,続々と1次トリアージエリアへ殺到してきます。今回の訓練では,総計70名の模擬患者が搬送される予定です。
私の元に最初に搬入された患者の情報カードには「胸部打撲,多発肋骨骨折の疑い,呼吸困難の訴え」があり,中等症とトリアージされていました。胸腔内出血や気胸等の可能性もあるので中等症から重症へと変更しようと判断しました。トリアージを変更する場合は,既につけてあるトリアージタグに×点を記入した上で,新たに別のトリアージタグを付けなければなりません。あれほど事前に指導を受けていたのに×点記入を忘れてしまい,つけられているトリアージタグの黄色部分を破って,重症としてしまいました。付け焼刃は役にたちません。酸素吸入のつもりでマスクをあて,補液セットをテープで貼り付け,後方の搬送待機所へ担架で移送しました。
その後,数名の骨折等の患者を処置した頃,チームリーダーの自衛隊熊本病院医師から,1次トリアージエリアが手薄なのでそちらを応援するようにと指示を受けました。1次トリアージエリアは混雑をきわめ,戦場のようにごった返していました。運動不足と肥満が重なり,走り回って息も上がってきました。緊張のあまりか,視野も狭くなってきました。そんな私の元へ救急車から降ろされた最初の負傷者は大腿の開放骨折でした。「意識清明,受け答えもでき,呼吸数,心拍数ともに安定」との情報カードを下げています。中等症とトリアージし中等症エリアへの移送を命じました。次に救急車から運ばれてきた負傷者の情報カードには,「意識なし,呼吸数0,心拍数0」とありました。脈を再確認しようとして,マネキンが服を着せられていることに初めて気づきました。トリアージタグを全部破り黒色としました。この場合,救護所ではなく,検視所への移送を指示しなければなりません。しかし,その時,この人は,本当にもう亡くなってしまっているのか,蘇生を施す必要はないのか,AEDなどの必要はないものかと,迷いが生じました。相手はマネキンであり,これは訓練です。それでも,私は思わずマネキンの着ている服をはだけ聴診器を胸にあてていました。祈るような気持ちで鼓動がもう一度聞こえてこないものかと思っていました。もちろん何の反応もありません。周囲の看護師や日赤DMATの方達は,じっと待っていてくださいました。何か悲しい気持ちに襲われたまま,検視所への移送を指示しました。
そうこうしているうちに,やがて70名のトリアージが済んだようでした。医師会の方から,集合写真の記念撮影をしますと呼びかけがありました。天草地域医療センターの原田院長が,「どうせ誰かが下を向いたりするけん,続けて何枚も撮れ」と指図されました。皆,緊張から解放され,無事に訓練を務めた充実感や達成感のためか,なごやかな表情に戻っていました。こうして我々医療救護班の訓練は終了しました。
万が一,同様の災害が起きた場合,普段の自分の診療の場を離れてどれほどのことができるか全く自信がありません。しかし,この様な有事の際,地域医療を担う開業医師として,どこに行き,どんな役割を果たすべきかが,この訓練を通じて,おぼろげながら見えたような気がします。
平時の臨床では,瀕死の重症者の治療が優先されるのは当然で,彼らに可能な限りの医療資源を投入して社会復帰を目指すことになります。しかし,人材および資材が相対的に著しく不足する大災害時でのトリアージ現場では,逆に,救命の見込みのある者を確実に救命し,救命可能性のきわめて低い者は初めから医療の対象としないという原則が,その心構えとして必要であることも学びました。とても違和感を感じますし,そのように実際行動できるのかもわかりません。今回のような訓練の機会を逃さず,何度も繰り返し参加することで,今後いつ起こるかわからない災害への備えになればと願います。