人間万事塞翁が馬 Written by Eiichi Nakamura

飲酒診療について考えたこと

天草医報

歳をとるにつれ,酒の飲み方も変化します。10年程前までは,ときどき夫婦で缶ビールを1本分け合って飲む程度で,毎日ゆっくりと晩酌をする習慣はありませんでした。酔うことよりも喉を潤すのが目的といった感じでした。しかし,40代の半端を過ぎた頃から,夕食は「アルコールを美味しく飲むためのもの」に変わってきました。毎晩夫婦で,ビールなら缶ビール2,3本,焼酎なら1~2合,赤ワインなら1/2本〜1本,たまにはシャンパンも楽しみながら飲んでいます。飲みながらの会話はとても楽しく,一日の疲れが消えていくようです。
一方,開業医となって以来,かかりつけの患者さんに対しては,診療時間外の急変時にも,自分のできる範囲で対応しようと思ってきました。
そこで問題となるのは,飲酒と診療の折り合いをどうつけるかということです。勤務医時代は,当直というものがあり,それが同時に休肝日となっていました。当直時間帯での飲酒は禁じられていたからです。しかし,開業してからは,毎日が休肝日という訳にはいきません。
自分の診療所内とはいえ,ときには高度な判断をせまられることもある医療行為を,飲酒の上で行って良いものだろうか?と常々疑問に思ってきました。
そこで「YAHOO相談室」で調べてみました。「飲酒と応召義務」のキーワードで検索すると一番に表示された質問が「飲酒中の場合にも医師に応召義務はありますか?」というものでした。医療過疎地で開業しておられる医師による質問です。皆さん,同様な疑問を抱いておられるのですね。
ベストアンサーに選ばれていたのは,法律の専門家からの次のような書き込みでした。
「自動車の運転とは比較にならないほどの高度の専門的判断と技能の行使を要する医療行為に際しては,酒気帯びないし酩酊状態での医療行為は,本来であれば許されないことと考えられます。その具体的状態と個人の体質にもよりますが,アルコールを摂取したことの故をもって『応召義務』の履行を拒絶することができるか,また,患者からの求めに応じて診療行為に当たることが許されるかという点が,今後,具体的に検討されるべきです。」
これを言い換えると,酒気帯び・酩酊状態での診療は原則禁止だが,現実に患者の求めに応じて診療すべきかどうかはケースバイケースで判断すべし,ということのようです。到底,結論と呼べるものではありません。
我が国の法律は,社会的理念ではなく,社会通念により立法化されるのだそうです。とすれば,どのような行為も,社会の理念(このようにあるべきであるという理想)ではなく,社会の通念(その時の一般社会はこのように考えるであろうとの判断)に照らして,その是非を判断されるということです。
私は一時期,タクシーに乗るたび,運転手へ,この問題の是非について問いかけを行っていました。「社会通念の代表者」として,タクシーの運転手を選んだ格好です。
彼らからはほぼ全員,「酩酊する程でないならば,多少飲んでおられても,時間外の診療は,私ども患者の立場からはありがたいことです。」との答えが得られました。
2006年夏,福岡の海の中道で起きた重大事故以来,飲酒運転は反社会的行為として厳罰化されましたが,一方,飲酒診療の禁止を謳う法律は未だにありません。医師の応召義務との折り合いがつかないためと思われます。
医師法第19条には,医師の応召義務として以下のごとく記されています。「診療に従事する医師は,診察治療の求があった場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない。」また,これについての厚労省の見解では,
1. 医師法第19条にいう,「正当な事由」のある場合とは,医師の不在,または,病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって,患者の再三の求めにも関わらず,単に,軽度の疲労の程度をもって,これを拒絶することは,第19条の義務違反を構成する。
2. 医師が第19条の義務違反を行った場合には,罰則の適応はないが,医師法第7条にいう,「医師としての品位を損するような行為のあったとき」にあたるから,義務違反を反復するが如き場合において,同条の規定により,医師免許の取消,または停止を命ずる場合もありうる。
3. また,休診日であっても,急患に対する応召義務を解除されるものではない。 
軽い晩酌程度の状態は,厚労省見解1.の「軽度の疲労」として扱われると思われ,応召義務を免れるものではないと考えます。また,時間外で且つ飲んでいるから診療できない,と毎回のように応召義務を拒否すれば,厚労省見解2.によれば医師免許取消または停止という重大な結果を招きかねません。
このようなことを考えていたある夜のこと。発熱を主訴とした1歳前後のこどもの診療依頼がありました。その時は,缶ビール1本とワインを一合ほど飲んだところで,丁度,気持ち良くなっていました。当直の看護師に「少々飲んでいるが,それでも良いか尋ねてみて」と応えました。すると,「それでも良いのでお願いします。」とのこと。診察をして,内服薬を処方し,帰宅させました。翌日,再診のため,こどもをつれて来た若い父親に,「昨夜は飲んで診療してごめんなさいね」と一言,声をかけました。すると,「いえ,きちんと診て頂き,本当にありがとうございました。」と逆にお礼を返されました。ほんのささいなことですが,その時には胸が熱くなったことを覚えています。
なかなか,結論は出ないものと考えます。陳腐ではありますが,酒は飲んでも飲まれるな。結局,私のような過疎地域の開業医は,「程々の晩酌で毎日を過ごし,時間外の診療にも応えていく」というスタイルが,地域社会にも,自分の身体にも優しいようです。