「ウヰスキー 事始め」

 原稿を書くのは、もっぱら、博多のホテルオークラか、ホテル日航福岡のメインバーでとしている。以前は、天草のホテルの9Fにあったビストロ・バーでも書けていたのだが、そのホテルがコロナの宿泊療養施設となってからは、天草で書くのはかなわなくなった。
 いつもウイスキー水割りを飲みながら、書き始める。ほろ酔い気分にならないと、恥ずかしい文章が書けないからだ。自分で書いた文章なのに、その文章を読みながら泣いてしまうこともある。どうしても、我慢できなくなると、トイレへと立ち、誰も居ないことを確かめてから、声を出して泣いてしまうことも。
従って、上手に酔うことが大切なのだ。ある程度酔わないと書けないし、酔い過ぎてしまっても書けない。その加減が難しく、約1時間半~2時間くらいの勝負となる。ワインやシャンパンは、栓を抜くと、飲んでしまわなければならないため、そのアルコールの種類はやはり、ウイスキー又はブランデーとなるが、ブランデーは食後のイメージがあり、やはり、ウイスキーにしぼられてくる。自然、そのウイスキーは、キープボトルとなる。値段と自分の懐に折り合いをつけて、適当にいろいろ注文していた。スコッチも、アイリッシュも、ジャパニーズも関係なく、名前も知らず、好みもなかった。
ところで、天草のスナックや、中洲のキャバクラ、クラブに行っても、どうせ一見さんになるであろうため、今までウイスキーを、キープしたことはなかった。したがって、そのハウスボトルウイスキーの銘柄は、通常でブラックニッカ。良くて、サントリーの角瓶であった。
 ところが、昨年の7月、天草のスーパーで、シャンパンの爆買いをしたあたりから、その雲行きが変わった。いろんなウイスキーを試してみたくなったのだ。Amazonにて、おそるおそるウイスキーを買い始めてみた。最初は、やはりブラックニッカ。ボトル一本で990円だった。角瓶で2650円。学生時代、滅多には飲めなかったROYALで3700円。それぞれ購入して、飲んでみた。どれも普通に美味しく、ちゃんと酔う。買っているうちに、Amazonのおすすめ欄の処に、別のウイスキーの表示が出るようになった。山崎、山崎12、響ブレンダーズチョイス、響21、山崎18と、段々値段が上がっていく。
 1~2昔前、意味も分からずに、何かの通販で買っていた響21は、現在1本98000円。当時は2万円で買えていた筈だ。山崎18に至っては、1本12万5千円もの値段が付いている。そういえば、昨年だったか、山崎55が8000万円の高値を付けていたのを何かのニュースでみた覚えがある。それらの高級ウイスキーを恐る恐る購入し、自分なりに飲み較べているうちに、その味の違いに気付くようになった。還暦を3年も過ぎてからである。遅すぎると笑われても、事実であり仕方がない。
 ウイスキーのラベルを、何気なく見ているうちに、シングルモルトとブレンド、二種類あるらしいことに気が付いた。調べてみた。シングルモルトのモルトは大麦麦芽のことであり、単一の麦芽で造られたウイスキー。ブレンドとは、モルトとグレーンの混ぜ合わせ。グレーンとは、とうもろこしやライ麦、小麦などの穀類を指すらしい。
 サントリーの山崎シリーズは、シングルモルトであり、響シリーズは、ブレンドだ。何度も何度も飲み較べていくうちに、分かってきた味の違いを、文字にするのは、しばらく時間のかかる作業だった。
 嫁に行き遅れた娘とも、テーブルの差し向かいで、飲み較べした。いろんな名詞や形容詞が飛び交う。突然ガラスの砕けるような笑い声も飛び出る。感じた味を言葉に変換することが大切だと、娘にもくり返し喋った。うなり声や笑い声では、人に伝えることは出来ない。
 手練れ先輩医師とのワイン会のあと、ウイスキー飲み較べを敢行した。私が、「深い」と言葉を出すと、それをなぞるように言葉を吐かれる。それに追加して、更に感想を言葉にして頂いた。どっちが美味しいとか、どっちが好きだとかではなく、味の違いを言葉にする作業を、その後も続けた。端的に言って、シングルモルトは「ワイルド」、「シャー
プ」で「ディープ」な味だ。それに比較し、ブレンドは「ゴージャス」、「ワイド」で「バリアス」な味だ。
 そういうことを考えながら、ある日のこと、天草のあるスナックへと行った。カウンターの後ろの棚に、いつも飲むなじみの「山崎12」よりも、値段の高い筈の位置に、背の高く細いウイスキーボトルが鎮座している。銘柄を確認する「MACALLAN18」とある。値段を尋ねると7万円とのこと。早速Amazonで購入しようと、確認した。シングルモルトのスコッチウイスキーである「MACALLAN」は、同じ年数のものでも、シェリーとダブルとトリプルと、なんと3種類ものオークカスク(ならの木の樽のこと)がある。
 ワインも奥深いが、ウイスキーもなかなかたいしたものだ。

掲載情報

掲載誌天草医報
掲載号2023年5月号
発行ナンバー150
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